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【東方】ガンギマリさんとの合作

 善い考えが浮かびました。私古明地こいし。ひらがなの名前が大好きで、顔もわからないお父さんとお母さんにはもうそれだけで感謝しています。お父さん、お母さん、そしてお姉ちゃん。本当にありがとう。で、私古明地こいし……三千里の旅路がてら、善い考えです。良い考えではありません。例えばここにいるコオロギのつがい。彼らはハッパを食べます。私がチョコをあげたのならば、きっとこの二匹はハッパでは物足りなくなる。優しさです。始めは渦巻きのキャンディーで慣れさせて、それから徐々に、徐々に甘さの刺激を叩き込む。気付いた頃にはこのカップルは二本の脚で立ち歩き、世界中の美食を求めて駆け回ることでしょう。

 旅とは善いものです。それが良かれ悪かれ、自らの行動をいの一番に肯定してくれるのは自分自身に違いありません。感情らしい感情を持ち合わせていない私にとって、行動とは即ちそれが全て。後悔や孤独といった念よりも、まず脚が先行します。二本の脚で立ち歩き、世界中を駆け回る。旅とは本当に善いものです。足跡で黒ずんだ落ち葉の歩道、傍らに埋まっている切り株。その上に降り積もった紅葉をどけると、持参していたハンカチで丁寧に水気を拭き、世界地図を開きます。地図とは即ち、球体の解剖図です。立体的な真ん丸を平らにして、一目でわかりやすく加工を加えたもの。初めにメスを入れたのは誰だか存じませんが、このきれいな真ん丸に切れ目を入れるのはとても罪作りな事だと私は個人的に思いました。知らないことは知らないままで。知らないことは知らないままで……私は口ずさみながら世界地図を、真ん丸の腹の中を覗きます。真ん丸の腹の中には、様々なクニというものが存在しています。真ん丸の意向を無視して、勝手にクニというものを作ったのが人間達らしいです。私の故郷も何ら変わりはありません。妖怪だの結界だの、みんな真ん丸のことは二の次なのだから。隣にあるたくさんハッパの付いた木に遮られて暗くて地図が見えにくかったのですが、私のことを考えてくれてか、一筋の光がハッパの隙間から地図を照らしてくれました。優しいのか優しくないのかわかんない木ですね。今現在、私はこの地図の右側の小さなクニにいます。私から見て右側です。あたしゃここにいるよ。

 で、かなり長い距離を歩いてきましたが、特に目的もないままこんな辺境に着いてしまいました。今まで目的もなく旅を続けてきましたが、今回の旅の目的とは、その目的を作ることなのです。頑張っていきましょう。……。

 私の旅はぶつ切りの連続でした。適当に歩いて飽きたらおうちに帰る。今までその連続です。人形劇に飽きた子供が公演最中に帰ってしまう心理に近いのだと思います(心理的なことはよくわかりませんが)。帰る場所があるのは幸せね、と、決まって姉は笑いました。私は何だかその言葉に何故か悲しみ? とやらが無性に込み上げ、もう二度と帰らないと決心を固めても結局行き着くのは地霊殿、即ちおうちなのです。もうこれは駄目だわ、と、私は自分自身の決心の甘さ加減に慟哭し、深夜のバスルームで独り、何度も何度もタイルの壁に額を叩き付けながら泣いて泣いて神様にお願いしました。お願いします。私を善い子にしてください。私の姉が、まだ私は姉離れできない悪い娘だと笑顔の奥で泣いているのです。神様。お姉ちゃんを泣かせたくありません。私を渡り鳥、いや、紙吹雪のようにして何処ぞへと散り散りに吹き飛ばし、もういっそ姉の記憶から消してしまってくれ、と。

「もうやだ。ホントやだ」

 私は血だらけのバスルームの中で泣きはらしました。生まれて初めて閉じた瞳に責任の全てを押し付けたいと。泣きすぎて鼻血まで出しながらそう思いました。心理が希薄ということは、私の漠然とした旅に目的を見い出せない。目的がない限り、私は決まってここへ帰ってくると。あの晩のことを思い出してしまい、私は切り株に広げた世界地図の前で泣き叫び、ごろごろと駄々を捏ねるように悶絶しました。ばさばさと歩道の水っぽい落ち葉が舞う度、目の青い人々が私を白い目で見ながら通り過ぎてゆくのがわかります。お姉ちゃんを悲しませた妹の醜態、ここに極まるです。一部の人は何やら小さな四角い物を取り出して、私にレンズのような透明を向けてパシャパシャやっています。どうでもいいことです。煮るなり焼くなり好きにやっちゃってくれて結構です。けれど、こんなに、こんなになっちゃっても私、周りの視線が気になって気になって仕方がないの。

 初めて視線が突き刺さったのは、たぶん瞳を閉じてからの話。話です。私は震えていました。今でも。今でも時々震えます。私よりもずっと、甘いものの味を知っているエトセトラ。知りすぎた人々が、私を囲むこの感覚。みんな同じような服装で、鼻や口から空気を食べる。……。彼らは皆、さとり妖怪がとても気に入らない様子で、私に石を投げてきました。こいしだけに小石をたくさん。おあつらえですが、私の名前はひらがなの分、まだ生き物のような柔らかさがあると信じています。柔らかいこいしに硬い小石が突き刺さる感触を想像してみてください。皆、そういう残酷な光景には目を背けるものなのだと私は思っていました。でも現実はまるで逆で、私を嫌う彼らは、私に小石がぶつかる度に沸き上がりました。謝りました。もうとにかく謝りましたね。傷付くのは嫌だったので、私は必死に頭を下げました。悪いことしてないのに、私は悪い奴らに頭を下げた。私何も悪いことしてないのに。泣いたよ。思えば泣いてばかりだったね。怖いのだもの、みんなが。泣いても許してくれないの。みんな鬼みたいな顔して私に石をぶつけるの。

 世界地図はすっかり涙でぐしゃぐしゃになってしまいました。あれだけ意識せずに耐えてきた人々の視線が、本日初めて突き刺さります。知っていますか? 比喩ではなく、視線とは本当に突き刺さるものです。鋭く、痛い蜂の針。猛毒を孕んだそれは、切れ味の割にいつまでも後を引きます。私は呻きながら立ち上がりました。獣のような呻き声に自分でも驚きました。

 きっと悼み。脅威を感覚したのでしょう。いつかは恐怖と呼んだでしょう。感情の骸骨。私は無為式に設定された本能(=プログラム)が促すまま、逃げました。転がるように。逃亡。脱兎。ローリング・ストーン。茶壷に追われてとっぴんしゃん。残響は、未だ胸中へ留まる虚し。こわいよ。生きたかったのか。

 旅とは善いものです。世界で唯一、それは拘束と無縁。道を歩き、未知を尋ね、立て看板に落書きします。つまみ食いもします。転がる岩はやがて滑らかになり、小石へと至ります。柔らかく滑らかなこいし。ロックンロールの帰結です。それでもまだ自動的で、気がつけば地霊殿のお風呂場。泣いているのでした。旅路は巡り、廻る。


 そうして、私古明地こいし。抜き足差し足忍び足、お姉ちゃんに気付かれないようそっとそっと、地霊殿の中に入ります。小石の還る場所は海ですが、こいしちゃんの帰るお家はいつだって地霊殿なのです。
 それは良いことで、善くはありません。無意識のチカラも使ってこっそりしていたのに、手を洗ってうがいを済ませ、ダイニングへ行ってみるといつの間にか。お姉ちゃんが温かいココアを用意して、私を待ち構えているのです。
 いつものようにお姉ちゃんは、少し困ったような優しい顔で、私に何か言おうと口を開きます。でもそうはいきません、お説教キャンセルです。
 お姉ちゃんが私に声をかける前に、元気よく挨拶しました。

「ただいまっ!」
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