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笑えるくらい笑えない話

 twitterというSNSには挨拶返しなる文化がある。
 以下のようなものだ。
①「おはよう(おやすみ・いってきます・ただいま等」
②「@☓☓ おはようございます」
③「@△△ おはありです(ありがとうございます」

 通常の文法であれば、甲が挨拶に類する発言をし乙がそれに応えればそこ②で終わるわけだ。
 しかしながらtwitterにおいては、①最初の挨拶が誰に向けたものでもなく、甲をフォローしている不特定多数への放言(いわゆる空中)であることがまずひとつ特殊。それに対し、②乙による挨拶が、誰に対してか明確になった“コミュニケーションの発端”となり、それに応える③でようやく二度目、コミュニケーションの一往復。慣れない人には奇妙に映る風習が出来上がるというわけだ。

 しかしね、あいさつに対してありがとうございますって発想は確かに病んでるよ。発芽してる。
 私のこと気にかけてくれてありがとう(翻って気にしてるよアピール)話しかけてくれてありがとうって素で思ってなきゃ出てこない。まあなんとなく周りを見て覚えただけの人も多いだろうけど。思考の過程がよくわかる辺り私も大概だ。
 

『蜜のような、とろみのある眠りを味わっていた。

 落とし穴のようにすとんと嵌る訳でもなく、滑り台のようにすぐ終わりもしない。ゆっくり沈んでいき、ふわふわと漂う感覚。
 拡散しているのか、収束しているのか、何もかもがはっきりとしない、靄にも似た掴みどころのなさが、心地良い。

 溶けて、流れ、昇り、降りて、染みる』


 ところで。私は画像認識、動画情報としての記憶が物凄く苦手だ。基本的な記憶力もだいぶ乏しい。
 そして、処理能力を上回るタスクを前にした時や、単に瞬間的な面倒臭さがぱちんと跳ね上がった時。
 私の思考は酷くゆっくりに、遅く遅くなる。Be slowly。
 理解が追いつく前に事態は時間はどんどん先に進んでいき、鈍亀野郎はひとりぼっち。取り残されるのだ。
 対照的に。エンジンを過加熱させても尚回すが如く、疲労と鬱ばかり加速していく。
 わからないことをわからないままナアナアで受け入れることがとても上手くなった。
 
 好きな小説。それとインターネットにおけるチャットコミュニケーションは、まず理解から構築していく辺りが優しく好きだ。
 



 お母さんのご飯はいつもおいしい。
 一人暮らしなのに、ほぼ毎日お世話になっていることはとても恵まれているなぁと思う。


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